ほぼ日記のようなもの

仕事に関係あったりなかったり

新しい子供

3人子供がいます。
次男が産まれたとき、ついさっきまで可愛い可愛いちびっ子だった長男が急に大人びて見えてギョッとしました。あれ?こんなに大きかった?そっか、もうこの子は赤ちゃんじゃないんだ…と、安心するような寂しいような複雑な気持ちになったものです。
三男が産まれたときもそう。私は、次男の「いつまでも赤ちゃんぽい感じ」を異常に愛し執着していたので、三男の出産が迫ると(もう、この子が赤ちゃんに見えなくなってしまうんだ、ホルモンのせいで頭のスイッチが勝手に変わってしまって、この可愛さが分からなくなってしまうんだ、もうお別れだ…)という考えに取り憑かれ、何度も発作的に次男を抱きしめてさめざめと泣いていました。今思うとノイローゼですね。
頭のスイッチが変わるのは自然なことで、合理的なことで、家族の中でいちばん弱い新生児を守るための母親の本能なんだから仕方ないです。むしろ産まれた途端オートマチックに変わってくれてありがたいことなのですが、急に自分の価値観が変わるのが、その時はとても嫌だったのです。
長男も次男も大きくなり、母親はATMまたはタクシーとしか思っていない様子で、それぞれ青春を楽しんでいます。三男ももう中二で大きいのですが、いつまでも反抗期も来ず、ずっと楽しくおしゃべりし合えて、毎日頭を撫でさせてくれて、真(シン)・可愛い。家の中で会う度に「おや、ここに可愛い子供がいるぞい…」と言いながら顔を覗き込みに行く、という茶番をしても嫌がらない優しさ。
なんでこんなに三男可愛いんだろう。可愛すぎるよなァ。世界のバランスとか、こう、狂っちゃわないかな、大丈夫…?と、毎日毎日思っているのです。
昨日は友達と映画に行く、と言って、彼なりのオシャレをしていそいそと支度をしていました。
私のオールスターを「コレ、気に入ったから履いてくね」とニッコリ。小柄な三男と、私の足のサイズはほぼ同じなので、私のお気に入りのスニーカー類はどんどん彼のものになって行ってしまいます。でも可愛いから許しちゃう!
いじめっ子グループに、「お前も俺たちの派閥に入れ」と脅され、「俺はそういうのは嫌だ」とはっきり言って上靴隠されても普通に靴下で過ごしていたところ、ヒステリックな教師にどれだけ怒られても平然と忘れ物するところ、笑うとおでんくんに似てるところ、「厨二病の真似して」と言うと「くっ…!」と言って左手が疼くフリをしてくれるところ、何も言わなくても重い荷物をサッと持ってくれるところ、ニコニコしてるけどどこか薄情で掴みにくい性格なところ。三男の素敵エピソードを語り出すと止まりません。私は三男の大ファンなのです。
しかし、どうやら新しい子供がやってくるようなのです。私が産むわけではないんだけど、孫的なアレで…。
孫は実の子より可愛いっていうし、ああ…。自分が産むわけではないし、毎日一緒にいるわけじゃないし、多分大丈夫とは思うのですが、また、アレがやってくるのでしょうか。
新生児と三男を見比べて、(アレ?真・可愛いと思ってたけど…普通にもう大きい男子だな…)とか。
嫌だ。そんなこと思いたくない。
まだまだ「おや?ここに可愛い子供がいるぞい」と、“森で子供を見つけた木こりのおじいさんのフリ”を毎日したい。頭をクルクル撫でたい。我にかえりたくない。
「息子なんて、デカくて汚くて生意気で邪魔、でも三男はこの世に舞い降りた天使でありフェアリー」と、あと1年はそんな感覚で、ノリで、フィーリングで生きたい。
だけど新生児の可愛さは破壊的ですからね。しかも孫となると、もう、この世(私の脳みそ)の終わりかもしれん。
とても楽しみではあるのだけど、なるべく脳にダメージを受けないように、新しい子供とは良い距離感で接していきたいと思います。